2023/03/24
執筆者: リサーチ・ディレクション部 M.Y
※NIリサーチャーコラムでは、当社の各リサーチャーが日々の業務等で感じた事を自由に紹介しています。
私は2021年の春に第二新卒として日本インフォメーションに入社しました。
大学ではジェンダー論を専攻した後、数年別の業界の会社に勤め、コロナ禍を機にリサーチ業界に飛び込みました。
リサーチ業界は未経験で、入社するまで社会調査やマーケティングに触れたこともありませんでしたが、先輩方から丁寧にフォローいただきながら調査設計の考え方や調査票の作り方を学んできました。
現在はリサーチディレクション部で クライアント様への窓口として、調査の企画設計を担当しています。
さて、今回は入社してもうすぐ2年になる私が日々の業務に取り組む中で持った、疑問・違和感について考えてみたいと思います。
調査対象が女性に絞られることが多いということへの違和感です。
私が知っている範囲では、食品や日用品の調査は女性だけを対象とする場合が多いのです。
家庭で料理や掃除などの家事を担うのは現状女性が多いというのがひとつの理由でしょう。
家事をする女性が食品や日用品の主なユーザーであり、購入決定者でもあるという想定があるのだと思います。
しかし私の肌感覚とは違いました。
世代的な要因もあるかもしれませんが「男性も家事をしているよね?」と思ってしまいます。
身の回りでも、同世代(20代半ば)でパートナー・配偶者と同居している人は「家事をなるべく平等に分担しよう」という意識が親世代に比べて強いように思います。
そのような価値観からすると、家事に関連する商品の調査の対象が女性だけであることには違和感がありました。
これは考えすぎなのでしょうか?
このことについて考えるためには、人々が家事分担についてどのような考えを持ち、実際にどれくらい家事を行っているのかという「意識」と「実態」を知る必要があります。
まずは定量データから「意識」を見てみましょう。
NHK放送文化研究所が数十年にわたって実施している「日本人の意識」調査では、男性が家事をするべきかどうかについて、対象者の考えを聴取しています。
1973年の調査では、
「台所の手伝いや子どものおもりは、一家の主人である男子のすることではない」に賛成が38.0%、「夫婦は互いにたすけ合うべきものだから、夫が台所の手伝いや子どものおもりをするのは当然だ」に賛成が53.2%でした。
1973年の時点ですでに家事を男性も分担すべきだという意識が多数派であったことがわかりますが、その割合はさらに右肩上がりで増え、2018年には、「台所の手伝いや子どものおもりは、一家の主人である男子のすることではない」に賛成が7.6%、「夫婦は互いにたすけ合うべきものだから、夫が台所の手伝いや子どものおもりをするのは当然だ」に賛成が89.4%になりました。
現在では家庭において男性も家事を分担すべきだという考え方が圧倒的多数になっているといえるでしょう。
では、実態はどうでしょうか。
同じくNHK放送文化研究所が実施している国民生活時間調査では、一日のうちで家事をしている時間を聴取しています。
男性の平日1日あたりの家事時間は1995年の32分から、2020年の1時間9分へと倍増しています。
他方で、女性の家事時間は1995年の4時間32分から2020年の4時間34分へとほぼ横ばいです。
国勢調査においては、単身世帯の割合が1995年の25.6%から2020年の38.1%に増えていることもあり、このデータからだけでは単純に「夫が家事を分担するようになった」とは一概に解釈はできません。
しかしそれでも「男性が家事をする時間が全体として増えている」ということは明らかです。
これは家事に関連する商品に男性が関わる時間が増えているということでもあります。
あくまで時間が伸びているという話のため、家事に関連する商品の男性ユーザーが人数として増えたのかどうかはわかりませんが、そういった商品のマーケティングにおいて、男性をユーザーとして考える必要性が以前よりも増しているのではないでしょうか。
今はまだ、男性が家事をする割合は女性に比べて小さいです。
しかし、その割合はこれまで少しずつ増えてきましたし、これからも増えていくことが考えられます。
その変化にマーケティングリサーチはどのように対応すべきなのでしょうか。
マーケティングリサーチは一般的にその商品を購買・使用する人を対象に行うものです。
例えば、もし家で掃除をしない人を対象に掃除用品の調査をしたら的外れな回答が集まってしまうでしょう(実際には特別な意図をもってその商品の非ユーザーを対象とすることもありますが)。
しかし逆に、実際にその商品を購買・使用しているのに調査対象者になっていない属性の人がたくさんいるとしたらそれも問題です。
その調査で集まったデータは実際の市場の状況を反映していないものとなってしまうからです。
「消費者の声を聞き洩らしてしまっている」ということもできるでしょう。
「盲目的に前例を踏襲するのではなく、状況に合わせて最適な調査設計を提案しなさい」とよく先輩方に言われます。
このことは対象者の性別に関してもあてはまるはずです。
社会の実態が変化しているなら、調査設計も変わっていかなければなりません。
では、実際に男性を対象に含めるとしたらどのような点に気を付ける必要があるのでしょうか。
次に男性を対象に含めた場合の調査設計について考えてみます。
(なお、調査の対象としては男性・女性を前提として考えることが多い現状ですが、男性・女性以外の選択肢も設けるべきだという議論もあり、実際に当社でもそのような形での実施例があります。
男性・女性しか選択肢がない場合、自身の認識とは違う選択肢を選んだり、調査から離脱してしまったりする可能性が考えられるため、調査の正確性という点で、今後さらに対応が必要になるとも考えられます。)
現在、対象を女性のみとしている調査に男性を含める場合 、いくつか検討すべきことがあります。
男性の割合をどれくらいにすればいいのか、参加しやすい日程はいつなのかという2点が特に重要かと思います。
割合については、市場構成比に合わせるというのがひとつの考え方です。
当社ではお見積作成前に出現率調査を行い、対象者条件にあてはまる方の割合を調べることができますので、その際にその商品のユーザーに男性がどれくらいいるのかを把握することが可能です。
そこで得られた男性ユーザーの割合に合わせて本調査の回答者数を割り付けます。
例えば男性のユーザーが20%の商品の調査をサンプルサイズ100sで行う場合、男性は20名確保することになります。
他には男女半分ずつにしたり、集計時にウエイトバックを活用するなど、いくつかの方法が考えられます。
調査の目的や分析のイメージによって選ぶべき割付は変わってくるでしょう。
日程については、土日休日や平日夜間に実査日程を設定する必要が考えられます。
女性は専業主婦や時短勤務の方もいらっしゃり、平日昼間でもリクルートがしやすいのですが、今のところ男性はフルタイム勤務の方が多く専業主夫も少ないため、平日昼間の会場調査は時間の都合がつかない方が多いことが想定されます。
また、現在男性向けの商品の会場調査をする場合も土曜日曜や平日夜間(18:30以降)に日程を設定することが多いです。
男性が参加できる日程の設定が難しい場合、会場に来ていただく調査ではなく、ホームユーステストやWeb調査など、対象者の都合のよい時間帯に回答できる手法を用いることも一つの解決策となります。
対象を男性にも広げるためには上記のような工夫が必要となりますが、男性を調査の対象とすることで新しく見えてくるインサイトもあるはずです。
次は男性を調査対象とすることで製品開発はどのように変わるのか、具体例をご紹介します。
建築業界 での経験が長いベテランの先輩から、キッチンの天板の高さについて興味深い話を聞いたことがあります。
「みんなが使いやすい製品開発」の例としてご紹介しましょう。
今から40年前、1980年代には一般的な住宅のキッチンの天板の高さは80cmだけでした。
80cmというのは当時の女性の平均身長をもとに決められていましたが、その後、女性の平均身長が変化し、それに合わせて80/85/90cmというように天板の高さが選べるようになってきました。
キッチンの天板の高さは日常的に料理をする人にとっては大事な要素です。
低すぎるキッチンを身長の高い人が使うと、腰や背中を曲げて手を届かせる形になるため、腰痛の原因にもなるのだそうです。
キッチンの天板の高さが選べるようになったことは、もともとは女性の平均身長の変化が理由でしたが、平均身長が高めの男性の家事のしやすさにも関わってきます。
「家事をするのが女性」という認識のもとでキッチンは女性をベースに設計されてきましたが、男性の家事時間が増えている現在、男性の身体的条件も考慮した設計が求められているのではないでしょうか。
男性を調査の対象に含めることで、このようなニーズにも気づくことができるようになります。
キッチンは多くの人が一生に一度しか購入しないという点で特殊な商品ですが、もっと身近な食品・日用品に関しても男性と女性で傾向が異なりそうな要素は見つけることができます。
例えば容器のキャップの開けやすさやパッケージの色による手に取りやすさなど、性別を限定した調査では見えてこない部分があるはずです。
そういった隠れたインサイトを把握することが、みんなに使いやすい製品の開発に向けた第一歩ではないでしょうか。
2年間マーケティングリサーチの仕事をして、この仕事の一番のおもしろさだと思ったのは「生活者の日々の生活の実態を正確にとらえることで、よりよい生活を作るお手伝いができる」ということです。
よい製品・サービスを作るために欠かせない正確なデータを提供し続けるため、これからもよりよい調査設計について日々考え続けていきたいと思います。
リサーチ・ディレクション部 M.Y
大学卒業後、他業界での勤務を経て2021年に日本インフォメーションに入社。
現在は食品・飲料・日用品メーカー様を中心に調査の企画営業を担当。
休日は中央線沿線の図書館・古書店・喫茶店を渡り歩いています。
マーケティングを「一生の仕事」に