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2021/09/10

NIリサーチャーコラム #16 データを読み解く力と伝える力 ~コロナ禍で考えたこと~

執筆者: リサーチコンサルティング部 第2チーム シニアエキスパート S.T

※NIリサーチャーコラムでは、当社の各リサーチャーが日々の業務等で感じた事を自由に紹介しています。

 

1)2020年から変わった世界

 

コロナ禍が始まって既に1年半以上が経とうとしています。私の主観で少し時系列で整理してみました。

 

<2020年の初め 対岸の火事だと思われていた時期>
なんだか中国で妙な肺炎が流行っているらしい

 

<2020年1月中旬~  ウイルスは海外から持ち込まれているという共通認識があった時期>
海外からの観光客をアテンドしていた添乗員の方、海外旅行から帰国した方、クルーズ船で海外の方と乗り合わせた方、それらの方々と接した方などから陽性判明者が出始める。武漢から日本人が緊急帰国

 

<2020年2月下旬~  いつか日本も欧米のようになるのではないか という危機感が浸透した時期>
二次感染、三次感染も確認されるようになり、危機感が一気に強まる。学校が一斉休校になり、会社のテレワーク対応も急速に進み始める。
イタリアから始まった欧州、次いで北米から南米に感染爆発が広がり、「医療体制が整備されている先進国であっても大変なことになる」ことを認識。
でも、なぜだかアジアでは欧米、南米のような状況にはならない

 

<2020年4月~ 全国的に緊張感が高まった時期>
当初の計画のオリンピック開催年だったこともあり、開催可否の判断とも重なって、なんだかよくわからない社会状況が続いていたものの、オリンピックの1年延期が決定した後、緊急事態宣言が首都圏から全国に拡大して発令されるなど、全国的に緊張感が高まる

 

<2020年7月頃~ 方向性がバラバラになり始めた時期>
「なんだか、そんなに大変なことじゃないのでは?」「いや、大変なことなんだ!」という意識の分断が深まり始める。
「あれ?緊急事態宣言って、医療体制の整備をするための時間稼ぎだったんじゃなかったの?」などの疑問や、「経済か、コロナ対策か」といった優先順位が不明確で、だんだん方向性がそれぞれバラバラになりはじめる。
Go to Travel などの経済対策がコロナ対策と並行して開始される

 

<2020年12月中旬頃~ 分断、対立が深まり、同時に無関心層が増えた時期>
再度陽性判明者数が増え始めたものの、「この季節だから、インフルエンザだって流行るよね」といった楽観論や、「もうこれ以上自粛なんかしていられない!」派と、「とにかく自粛!」派の対立がさらに深まる。
だんだん何も考えない人も増え始める。
そして、「医療体制は整備されていなかった」ことも露呈

 

<2021年2月末頃~ 混沌の状態>
オリンピックの開催は当然のこととして、世の中が動き始める。
「オリンピックの開催を目的として、陽性判明者の数を操作しているのではないか」といった憶測や、ワクチンに関する情報など、様々な意見が出てきて、さらに分断、対立の要素が増える。
また、「自分には関係ない」無関心層、「もうどうしようもない」あきらめ層も増える。変異株の話題も加わる

 

<2021年7月~ さらに混沌が加速した時期>

オリンピックも開催され、医療従事者、高齢者からワクチン接種も完了し始め、これで多少は落ち着くのか?と思った時点で、デルタ株、ラムダ株、ミュー株などの危機感が高まり、陽性判明者数も急激に増加し、結局「コロナ禍に終わりなんかないのでは?」という疑問、恐怖、あきらめ、さらには怒りが蔓延し始める。
また、自宅療養や重症でも入院できない、中には自宅療養中に亡くなる方など、医療の危機が叫ばれる。
一方で無関心層は一定割合で存在

 

整理してみると改めて気づくのですが、日本では、ここまで、陽性判明者の数や重症者、死亡者の数(絶対数)が「増えた」「減った」という情報はあふれるほどあったものの、「こうなったらこういう規制をする」「ここまで減ったら規制を解除する」「こういう理由でこのような規制を行う」といった説明や目標は、ほとんど明確に示されてきませんでした。

 

また、なぜ増えるのか、なぜ減るのかについて、様々な立場の方々が私的な見解を述べてはいたものの、政府としては、一貫して飲食店での酒類提供の停止をはじめとする人流の抑制を要請するのみでした。

 

2)なぜ分断や混沌は進んだか

実はこの間、仕事とはまったく違うところで、元々の専門分野もあり、また海外を含めた研究者時代の仲間たちと、あれこれ数字を集めつつ現状を見ていこうとしていて、時系列での海外とのデータの比較を様々な方向から続けてきていたので、正直言うと、私自身は日本がなぜこんな状況になるのかわからない部分もあります。

 

高齢化が進む日本では、通常時でも年間約136万人以上が亡くなります。365日で割ると、3726人。
東京都の人口は1400万人で、日本全人口の12%。神奈川県900万人、埼玉県735万人、千葉県628万人、首都圏計3663万人で、日本の全人口の30%以上。

 

私自身は、いろいろな数値を人口比の%、10万人あたりなど、基準を同じにして考える癖がついているので、新型コロナで亡くなった人は全死亡者の何%か、陽性判明者は何%か、感染力が10日あるとして、隔離が必要な人数は何人になるか、気づかずに街中にいる人は何人に一人か、、のようなことを電卓たたいて計算してしまうのです。途中からはエクセルで計算シートを作って計算しています。

 

例えば8月下旬頃の現時点のピーク時、日々2万人の陽性判明者がいたとして、感染力保有期間を10日と仮定すると20万人。
検査を受けない人もいるだろうから、1.5倍として30万人。
日本の人口を1億2千万人とすると、0.25%。つまりは500人に1人強。
首都圏は人口密度が高いから、感染症の特色から考えると、危険率を2倍と考えれば、250人に1人ぐらいか。
でも、感染対策を徹底している人と、あまり考えていない人では危険率は違うし、場所の環境でも違うから、黙ってマスクして電車に乗っている時の危険率はこれぐらい?
会社で感染対策を徹底しているいつもの人と一緒にいるならこれぐらい?
さらには、自分の性別や年齢から考えると、感染、発症、重症化リスクはこの程度?

 

とりあえず、「基本の数値」を把握しておいて、それに条件を掛け合わせ、自分なりの危険率を出して、ただ単に「怖い」「怖い」と思わないように、メリハリを持って行動できるようにしようと思っていました。

 

ただ、家族や友人、同僚と話していると、研究者仲間が当然のことと思っていることが、実は一般的にはそうではないということもわかってきました。

 

各県の人口も、通常時の死亡者数も、普通の方々が普通の生活を送っていたら、意識することはありません。
だから、「今日は何人新規感染者が確認されました」というニュースに一喜一憂するし、またその数値のとらえ方も、「その程度か」と思う人もいれば、恐怖で家に閉じこもる人もいる。
恐怖で家に閉じこもる人から見れば、外を歩いている人、よもや旅行や娯楽など、不要不急だと思うことで出歩く人を非難したくなる。

 

これは、数値のとらえ方の問題なので、どちらも正解も不正解もないと思います。でも、同じ数値でも、感情論が入ると、どっちが正しいかという論争は起こるし、分断も進み、かつ面倒になった人は数値への興味すらなくします。だから世の中が混沌としていくのです。

 

この「感情論」を煽っていたのは、マスコミであり、SNSをはじめとするネットの情報でした。
繁華街の人出、要請を守らずに酒類を深夜まで提供する居酒屋、海水浴場、イベント会場、そこに集う人々。オリンピックが始まってからは、国立競技場やその他の競技場周辺に集まる人々。それらの映像の後に続く医療現場のひっ迫。
これらが、「我慢できずに遊び歩いている人が感染を拡大させ、医療現場をひっ迫させている」というイメージを植え付けたことはたやすく想像できます。

 

しかし、果たして本当にそうなのでしょうか。

 

感染症は、人から人に感染します。つまりは、正確に言えば、「感染力のあるウイルス量を持った人と、感染する条件の元で接すると感染する可能性が高い」のであり、お酒を飲んで騒ごうが、どんなに密な場所にいようが、そこにウイルスが自然発生するわけではないので、感染力を持った人がそこにいなければ、感染は広がりません。
逆に、たまたまある場所で、感染力を持った人と、一定時間以上、傍にいなければならないような状態だった場合、感染してしまったということもあるのです。

 

「感染する人は、自業自得」「何らかの油断をしていたに違いない」
こうした偏見は、新型コロナウイルスに限ったことではなく、日本だけでもなく、世界中が、感染症が流行するたびに、何度も繰り返してきた大きな過ちです。

 

もちろん、わざわざ感染リスクが高い行動を自らするメリットは本人にとって低いとは思いますが、それは「感染した人が悪い」こととは全く次元が違う話だということもまた真なのです。

 

3)データはなんのためにあるのか

 

またこの間、陽性判明者数や死亡者数等の予測も多方面から行われ、当たった、外れたなど論争も起こりました。
予測を仕事としていたことがある者の端くれとしては、特に今回のような災害に匹敵するものの予測は、当たった、外れたではなく、「最悪こうなるかもしれないから、備えましょう」のためにやるのだと思っているのですが、それも今回は今のところうまく機能していません。

 

ただ、世界各国を見渡すと、データを元に、科学的な判断の元、「こうなると困るのでこうしましょう」「今こうしないと将来こうなってしまうのでこうしましょう」といったコミュニケーションをうまくとっている国は、失敗もありつつも、それぞれの国が目標とする方向に進んでいこうとする状況もみられます。

 

結局のところ、今の日本の混沌は、この「こうしたい」「こうなると困る」が明確になっていないから起こっていることなのではないでしょうか。

 

データは、状況を把握し、説明し、今後を予測するためにあります。
状況の把握は数値のみでできますが、説明するにはデータをわかりやすく加工することが必要で、かつ相手に理解してもらうコミュニケーション能力が重要です。
また今後の予測は、今現在の、これから先の個々の行動によってまったく変わってきます。

 

さらに、データの読み方には確固たる正解はない場合も多々あるので、正しいデータを元に、様々な立場の人が、ある目標に向かってどうすべきなのかを議論していくことが重要になるのです。

 

特に今回のようなケースでは、「陽性判明者を0にする」のが目標ならば、何か月間か、家族を含めた誰にも会わず、家から出ず、毎日検査をして、陰性を確認し、全員が陰性になったら社会活動を再開するといった方法を全世界で取れば、ひょっとしたらウイルスは0になるのかもしれません。
ただ、それは人が生きていくためには不可能だし、ウイルス退治には有効であったとしても、別の面では計り知れない損失が出ます。

 

そこまで極端でなかったとしても、何事にも+と-はあるわけで、さらにその+と-は立場によって、また状況によって異なるという非常に難しい課題を、今、社会全体で解こうとしているわけです。
もちろん私自身にも、何が正解なのかはわかりません。

 

だからなおのこと、ただ数値を垂れ流しているだけでは、世の中はますます混乱し、進むべき方向すらわからなくなり、収拾がつかなくなる。
そうなる前になんとかならないものか。

 

1年半以上が経って、陽性判明者数と必要病床数の関係は明らかになっています。ワクチン接種率、変異株に対するワクチン有効率を加味した準備すべき病床数の算出も可能でしょう。
病床準備数が無限ではないのであれば、陽性判明者数をある程度までで抑えることは不可欠になります。

 

病床増床にかかる費用と、陽性判明者を減らすためにかかる費用や社会的損失のバランスを取る最適解はどこにあるのか。
そんな視点で議論し、社会全体で解を求めていくことの方が、本当は誰にもわからない感染拡大の「犯人」を捜して攻撃、糾弾しているよりも生産的だ。

 

データを扱う人間として、日々そんなことを考えています。

 


執筆者プロフィール

リサーチコンサルティング部 第2チーム シニアエキスパート  S.T

 

工学部工学研究科博士課程都市・交通計画専攻で道路計画、交通計画、都市計画を学ぶ

公共系シンクタンク、大学研究所では総合計画・各種計画・施策の立案、

住民参加型まちづくり事業の推進を担当

 

高速道路建設の経済効果等を研究する中で、「満足度をお金に換算して経済効果に計上できないのか?」と

思い立ち、マーケティング理論に出会う

39歳でマーケティングリサーチ会社に転職

その後は各種公共施策の立案と並行し、商品開発、市場分析等を担当

海外調査(グローバルリサーチ)については、気づいたら16か国延べ40都市で50以上のリサーチを実施

6年前から現職

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