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2020/11/25

NIリサーチャーコラム #11 世論とSNS ~SNSとともに動く人と社会~

執筆者: リサーチコンサルティング部 第2チーム リサーチャー S.T
※NIリサーチャーコラムでは、当社の各リサーチャーが日々の業務等で感じた事を自由に紹介しています。

 

1)米国大統領選と世論調査

 

世論調査のサンプリングの重要性について学ぼうとした時、「米国大統領選の逸話」を事例として読んだ方は多いのではないかと思います。

 

1936年の米国大統領選の際、それまで、1,000万枚以上のアンケートを配布し、200万人以上から回答を得るという方法で当選者を当てていた雑誌社が、ランドン候補の当選を予測しました。

 

一方、現在も世界的に有名な世論調査会社である米国ギャラップ社の創設者ジョージ・ギャラップ氏は、有権者の縮図となる調査対象者を科学的に計算し、抽出した対象者に対して面接や郵送で5万人程度(諸説あります)調査を行い、ルーズベルト大統領の勝利を予測しました。
結果はルーズベルトの勝利。

 

雑誌社のサンプル構成は富裕層に偏っていたので、多く集めても当選の予測を外してしまったと言われています。

 

そしてこの話は、「母集団の縮図を計算して抽出すれば、数は少なくても世論は把握できる」ことを証明したものでした。

 

その後、世の中は大きく変化し、電話が普及すれば無作為に番号を表示させて電話調査を行う方法、携帯電話が普及すれば携帯電話番号も追加し、「できる限り母集団の構成に近づける無作為抽出」の手法は、現代でも社会状況に応じて模索が続いています。

 

調査結果と事実の合致が比較的早く、確実にわかる選挙結果は、その手法が妥当かどうかを判断する目安にもされてきました。

 

日本の選挙でも、20時に開票が始まると、開票率0%でも20時1分に当確が出たりしますが、これも事前の世論調査や出口調査の結果を踏まえて出されているものです。

 

米国大統領選そのものは、日本人には理解できないほど複雑なので、どちらが勝ったか負けたか、現時点(11月25日)ではまだ確定していません。

 

しかし、とにかく予測が難しかったということはわかっています。

 

同じ手法で同じ社が行った調査でも、調査日どころか、調査日時で結果が逆転するということもあったそうです。

 

この一つの要因は、両陣営だけではなく、個人を含めたSNSの情報発信、さらにはそれをあたかも「社会の動き」として報道し続けたマスコミだったと言われています。

 

2)無作為抽出もSNSには勝てない?

 

メディアの報道は、流す、流さないに第三者の判断が入りますし、流される情報を複数の目が評価します。

 

しかし、SNSは、それが発信する人の思い込みだろうと、個人的主張だろうと、悪意のあるデマであろうと、誰でも、世界中に、瞬時に流すことが可能です。

 

そして、その情報の正確性を判断するのも、その情報を元に自分の意志を決めるのも、受け手側

 

「この情報は正しいのだろうか」「この情報をもとに自分は判断しても良いのだろうか」と迷ったとして、それをSNS上で「これは正しいの?」と尋ねて返ってくる答えも、また正しいのか正しくないのかわからない。

 

こうなると、人は「自分が正しいと思う情報」「自分の考えにあった情報」だけを集めるという傾向があると言われています。

 

様々な情報を集めて、判断するのが面倒になるからです。

 

これがリアルな社会であれば、隣で聞いていた人が「それはデマだよ」とか、「私はこう思うよ」とか、頼んでいなくても新たな情報をくれることもあるでしょう。

 

一人で旗を振っていたとしたら、「あれ?周りに誰もいない」ということに気づくこともあるでしょう。

 

でも、SNSでは、大勢の誰かが、一緒に旗を振ってくれているような錯覚に陥るのです。

 

逆に、本当は主流の意見であったとしても、たまたま反対意見の人にSNS上で囲まれてしまったら、「自分は間違っているのかもしれない」と思ってしまうこともあるかもしれません。

 

友人・知人の意見、ご近所の意見、TVのコメンテーターの意見どころか、SNS上の見ず知らずの人の意見に左右されて、「人の意見に流される」現象が、めまぐるしく起きてしまうのが現代なのです。

 

さらにはそこに、「おそらくは信頼できるだろう」というマスコミの情報がSNSの影響を受け、さらに人々は混乱する。

 

ここまでくると、層化二段無作為の抽出割合をどんなに厳密に計算したとしても、あまりに瞬時に世論が動き、かつ流れ始めたら止まらないなら、もう何も予測できないといったことが起きてしまうのかもしれません。

 

3)トイレットペーパーはなぜ棚からなくなったのか

 

ところで、選挙ではありませんが、日本でも、SNSを発端とした騒動が起こったことは記憶に新しいところです。

 

新型コロナで世間が騒ぎ始め、不織布マスクが手に入らなくなった頃、「紙が不足するから」「中国から原料が入らなくなるから」「中国からの輸入が止まるから」等、理由は様々伝えられていましたが、「SNSでトイレットペーパーがなくなるというデマ情報が流れていて、各地のドラッグストアで棚からトイレットペーパーがなくなっている」という報道をマスコミが流し、あちこちのドラッグストアの棚から実際にトイレットペーパーがなくなりました。

 

この時、業界団体は、瞬時に

 

「トイレットペーパーのほとんどは国産で、原材料は不足しておらず、在庫は十分にある」
「ただし、嵩があるために一度の輸送で積める量に限界があり、流通は計画的に行われているので、急に買い占めをすると、一時的に不足することもある」
「しかしすぐに補給される」

 

といった情報を提供していましたが、それでもトイレットペーパーは棚からなくなりました。

 

ところが、これが数か月後、とんでもない事実がわかります。

 

東京大学の鳥海准教授が、AIを使ってSNSを分析したところ、そもそも「SNSでトイレットペーパーがなくなるというデマが流されているので気をつけましょう」というマスコミの報道こそが、デマだったということがわかったのです。

 

・「トイレットペーパーがなくなる」というツイートの数は数件
・リツイートも数件
・「マスコミがデマだと言っているよ」「買い占めはやめよう」というツイートの方が格段に多い

 

では、なぜトイレットペーパーは棚からなくなったのか。

 

それは「デマに惑わされた人が買い占めに走って、トイレットペーパーがなくなると大変だから買っておこう」という集団心理だったというのです。

 

だから、業界団体がどんなに情報を発信しても、トイレットペーパーはなくなったわけです。

 

「トイレットペーパーがなくなるというデマ情報がSNSで流れている」というデマを流したのはマスコミ。
業界団体が「安心してください」「買い占めしないでください」と言っているという情報を流したのもマスコミ。

 

でも、マスコミも、意図してデマを流したわけではなく、「SNSでそういう情報が流れているらしい」という情報に騙されてしまった。

 

そしてそれを拡散し、結果的にSNSにアクセスしない人にまで共有してしまった。

 

受け止めた側は、「トイレットペーパーがなくなるという情報はデマ」と自身は認識していた人も多数いたけれど、デマに踊らされる人のとばっちりを受けるのが嫌だから、「やめよう」と言われている買い占めをした

 

もうここまでくると何がなんだかわかりません。

 

4)あふれる情報 でも結局判断するのは自分

 

オイルショックを経験している世代の私は、ペラペラになり、ついには週刊が隔週になったマンガ雑誌、楽しみにしていた子ども向けページがなくなった新聞を実際に手に取りつつ、子ども心にも「なぜ原油の価格が上がると紙がなくなるのか」を考えていました。

 

結局、「原油価格が高騰したために紙の製造コストが上昇し、紙の価格自体が上がるので、紙を節約しましょう」という時の政府からの要請が、「紙がなくなる」と変換され、「トイレットペーパーがなくなる」と変換されていったと、数年を経て分析されました。

 

しかも、実際に紙は不足していなかったこともわかっています。マンガや新聞が薄くなったのは、「紙が高騰したから」で、紙が不足していたわけではない。

 

しかし、それが「トイレットペーパーがなくなる」になり、社会は混乱しました。新聞やテレビ、ご近所の噂話ぐらいしか情報がなかった時代でも。

 

情報の種類や量が格段に増えた現代でも、マスクやハンドソープ、アルコール除菌剤、トイレットペーパーが店頭から消え、法外な値段でネットのフリマに出品され、人々は右往左往しました。

 

でも今、皆さんのご家庭には、まだ開封されていないそれらの品物がありませんか?

 

無くなってから、無くなりそうになったら買えばよいと誰もが思っていたのなら、本当はあの時期、店頭から消えることはなかったのかもしれません。

 

私自身は、ハンドソープの棚は空っぽなのに、ボディーソープや固形石鹸、食器用洗剤は山ほどあるという状況に、思わず笑ってしまっていました。

 

主成分はほぼ同じです。手洗いするなら固形石鹸でも良いし、固形石鹸で手を洗えば、アルコール除菌する必要もないでしょう。

 

アルコール除菌剤で拭かなくても、洗えるものは食器用洗剤で洗えばよいのではないか。

 

これからますます世の中は混乱するかもしれません。

 

マスコミだけでなく、発信者不明のSNSを含んだネットから、真偽不明の数字や情報があふれています。

 

そして消化もできていないのに、さらに更新されていく。

 

そんな時こそ、一度立ち止まって、自分自身で考えましょう。

 

・この数字、この情報の意味するところはなんなのか
・それは信頼できる情報なのか
・増えた、減っただけではなく、どの程度増えたのか減ったのか
・その変化で実際に起こっていることはなんなのか
・絶対数が252でも、それは全体から見て何%なのか
・ただ足し上げていく累計に意味はあるのか
・重視しなければならないことはなんなのか

 

自分が求める、自分が正しいと思う情報だけではなく、一歩引いて、様々な情報に耳を傾けましょう。

 

自分にとってわかりやすい、判断しやすい数字、情報に自分自身で加工してみましょう。

 

そして、その情報をもとに、自分は何をすべきかを、自分で判断し、そして自分だけで判断せず、身近な複数の誰かに確認してみましょう。

 

自戒を込めて、私自身も毎日心がけています。あふれる情報に飲み込まれ、判断を誤らないために。

 

あの時、判断を急ぎすぎたから間違ってしまったと後悔しないために。

 

情報があふれる社会だからこそ、一人ひとりがそう心がけることが、社会全体が予測不能な、本来は進むべきではない妙な方向に、一斉に動き出さない唯一の方法なのかもしれません。

 


執筆者プロフィール

リサーチコンサルティング部 第2チーム リサーチャー  S.T

 

工学部工学研究科博士課程都市・交通計画専攻で道路計画、交通計画、都市計画を学ぶ

公共系シンクタンク、大学研究所では総合計画・各種計画・施策の立案、

住民参加型まちづくり事業の推進を担当

 

高速道路建設の経済効果等を研究する中で、「満足度をお金に換算して経済効果に計上できないのか?」と

思い立ち、マーケティング理論に出会う

39歳でマーケティングリサーチ会社に転職

その後は各種公共施策の立案と並行し、商品開発、市場分析等を担当

海外調査(グローバルリサーチ)については、気づいたら16か国延べ40都市で50以上のリサーチを実施

4年前から現職

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